上野日記

自分が主人公の小さな物語

吉田修一の『悪人』を読んだ

吉田修一の『悪人』を読んだ。2007年に朝日新聞社より刊行され、第34回大佛次郎賞と第61回毎日出版文化賞をダブル受賞し、2008年度本屋大賞第4位になった長編小説だ。2010年には妻夫木聡深津絵里主演で映画化もされた。本は200万部を突破しているらしい。

この小説は映画化で初めて知った。映画はあまり見る気はしなかったが、日本アカデミー賞を総なめしたこともあり、原作を読んでみようかと思った次第だ。図書館に予約して1ヶ月ほどで借りることができた。

主人公の青年が出会い系サイトで知り合った女性を殺し、別の女性と逃避行をする。冒頭に「犯人は逮捕された」と書いてあったのを読んでいるうちに忘れ、この二人最後は自殺するんじゃとかとハラハラしたり、また二人のそれぞれのそれまでの人生や育った環境を考えると泣きそうになったり、残された人たちの決心に感動したり、なかなかよかった。女性は「あの人は悪人やったんですよね?」と問いかける。<あなたにとっては悪人ではなかったはず…>と思わず口にしそうになった。一体「悪人」は誰だったんだろう……。映画も観てみたくなった。

長崎・佐賀・福岡を舞台にしており、科白はほとんどが九州弁だ。私は熊本生まれなので理解できるが、言葉使いの微妙なニュアンスは九州以外の人には理解できるのだろうかとちょっと心配した。「だけん」「〜けん」「〜ごたる」「〜したと」「〜しとっと」とか、福岡では「〜っちゃ」とかも登場人物の出身地域で使い分けているのも細かい。


今から25年ぐらい前、今じゃ考えられないかもしれないが会社の寮に入るとそこは4人部屋だった。出身地はそれぞれ熊本県長崎県、石川県、愛知県だった。基本的には標準語で話すのだが、長崎出身のA君は大学が熊本ということもあり、寮の部屋での会話は九州弁でしゃべることが多かった。そんなある日、寮の日曜の風呂は隔週で休みだったので、A君が「今日風呂あっと?」と訊いてきたので「あっど」とこたえる。きょとんとしている石川と愛知の二人に「あっとあっどの違い分かる?」といたずらっぽく訊いてみたら「わかるわけないだろ」と即答された。“あっと”は語尾を上げて疑問形、“あっど”は語尾を心持伸ばして推量を意味すると教えた。A君がそのことを自分の職場で話すと「英語みたい」と言われたそうな。なるほど“at”と“add”ね。目から鱗みたいなのが落ちそうになった。一生気付かなかったかもしれない。

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