上野日記

自分が主人公の小さな物語

養老孟司の『死の壁』を読んだ

養老孟司の『死の壁』を読んだ。『バカの壁』の続編といっていいだろう、「死」に対する養老孟司の考えがまとめられている。

実は、『超バカの壁』を探しに図書館に入り、その本のまえがきの冒頭に「この本は、『バカの壁』『死の壁』の続編ということになる」というのを読んでこの本を知ったほどだ。『超バカの壁』の隣にあったので、早速借りてきた。
序章の冒頭に「『バカの壁』という本について、随分たくさんの取材を受けました。そうした取材のなかで、非常に多かった質問の一つが『じゃあ、結局どうすればいいのでしょうか』という類のものでした」というのを読んで、思わず笑っていしまった。先日、私が『バカの壁』を読んでブログに書いた感想「だから?」と同じ感想を持った人が他にもいたことでちょっと安心したからだ。

本書は「死」をテーマに色々な観点から養老氏の考えがまとめられている。殺人・自殺・安楽死脳死・死刑……。

「死体の人称」はなるほどと思わされた。死体には「ない死体」「死体でない死体」「死体である死体」の三種類があり、それぞれ「一人称」「二人称」「三人称」となる。一人称は自分の死体(つなり、存在しない死体)、二人称は身近な人の死体、三人称は他人の死体となる。交通事故死の近くを通りかかった時「気の毒に」と思い通り過ぎようとするかもしれないが、それが身内だとわかると相手の反応がなくても抱きかかえ声をかける。つまり「三人称の死」が「二人称に死」に変わる、と。

養老氏は、人は必ず死ぬ、その致死率は100%で癌などの比ではないと説く。だから、自殺をする奴はバカだと。自殺がいけない理由は、一つは殺人だから、もうひとつは周囲の人にとって大きな影響を与えてしまう「二人称の死」だからと……。


そういえば、今日は祖父の命日だ。たしか小学2年生だったと思う。私が最初に体験した「二人称の死」だった。養老氏は4歳で初めて体験した「二人称の死」は父親の死で、その後の人生に多いく影響したと記述している。祖父の死はあまり覚えていないが、それから何度となく「二人称の死」を経験した。やはり辛いものである。

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