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上野日記

自分が主人公の小さな物語

重松清の『峠うどん物語』を読んだ

重松清の『峠うどん物語』上下巻を読んだ。2011年に講談社より刊行された連作短編集だ。「かけ、のち月見」「二丁目時代」「おくる言葉」「トクさんの花道」「メメモン」「柿八年」「本年も又、喪中につき」「わびすけ」「立春大吉」「アメイジング・グレイス」の10話と序章から構成されている。

峠のてっぺんにある祖父母が営むうどん屋の屋号は「長寿庵」だったが、孫娘の〈よっちゃん〉が生まれたころ、道路を挟んだ向かいに市営の斎場が建ったのを機に「峠うどん」に変えた。父母はともに小学校の教諭で、〈よっちゃん〉は中学2年生になっていた。〈よっちゃん〉は祖母にお願いされ時々店を手伝いに行くが、父も母も反対だった。店の客は通夜・葬式帰りに人ばかりだったから。「亡くなったひととの関係がそれほど深くない参列者は、お浄めの席には顔を出さず、焼香だけで斎場をひきあげる。でもそんなに簡単に気持ちは切り替えられない。ワンクッション置きたいときだってある。ただし、深酒をするとあり切れない思いが増してしまうし、腰を落ち着けてしっかりとおなかにたまるものを食べた気分でもない。『峠うどん』は、そういうひとたちのためにある」という。
かけ、のち月見:中学のクラスの友だちの親戚のお兄さんが暴走族の走りで事故死、父親のあまり親しくなかった同級生がくも膜下出血で亡くなった。クラスの友だちはよく知らない人の死をどのようにして悲しめばいいのか悩む。父親もそうだった。

二丁目時代:母親の子供時代はとても貧しかった。父親は物心が付く前に亡くなっていた。そんな時子供たちから「しぇーのおじさん」として親しまれた父親のように慕っていた。だがそのおじさんは詐欺師でいろんな家からお金を借りて雲隠れした。それから30年、そのしぇーのおじさんが近くの病院で息を引き取ろうとしていることが分かった。二丁目時代の子供たちの同窓会は…。

おくる言葉:異動する先生への送る言葉を〈よっちゃん〉が終業式で読むことになった。その先生は卒業した3年生の理科の担当で、しかも臨時で11月から赴任してきた。2年の〈よっちゃん〉とはまったく接点も面識がない。また、父親の昔の教え子でお寺の息子がかつての恩師の葬式で「引導を渡す時の香語」を読むことになった。どちらも何をおくる言葉にするか悩む。

トクさんの花道:霊柩車の運転手のトクさん。30年以上前に離婚した元妻が危篤なので見舞いに来てほしいと現在の夫と娘からお願いされる。トクさんは頑として行かない。

メメモン父親の教え子(小6)が夏休みの自由研究で斎場を見学したいと言い出した。その少女の曾祖母が寝たきりでもう長くない。でも悲しくない。どうすればいいか悩む。

柿八年:50年前に大水害の炊き出しで食べたうどんが忘れられないと新聞投稿があった。素うどんに柿の葉が乗せられたものだった。そのうどん職人は祖父ではないかと考える。

本年も又、喪中につき:〈よっちゃん〉一家の掛かりつけの町医者からはいつも喪中のはがきが届く。自分が担当した患者が亡くなったためだ。必ず通夜にも出かける。町医者ができることはほんのわずかなこと、手におえないと医療センターなどの大きな病院に転院させなければならない。長年連れ添った妻が末期がんになったが、妻の願いを聞いて自分で看病することにした。医療センターに勤める息子からはなぜ転院させないのかと怒鳴られる。それでも…。

わびすけ:祖父の子供時代からの親友〈わびすけ〉から贈り物「予約席」の札を大事に持っている。その〈わびすけ〉はやくざの大親分、跡目を譲って堅気になるとあいさつに来た。

立春大吉:クラスの男子が祖父の弟子になりたいと言い出す。自分は高校には行かないと。

アメイジング・グレイス:祖父の親友〈わびすけ〉が急性心不全で亡くなる。祖父は〈わびすけ〉が若いころに話してくれたアメイジング・グレイスの曲を思い出し祖母を通して〈よっちゃん〉にCDを買ってきてもらう。また〈よっちゃん〉の同級生が受験を苦に自殺する。小学校も違い中学でも同じクラスなったことがない子だった。通夜に行くべきか悩む。そして〈よっちゃん〉は初めて「峠うどん」の客となる。



頑固者で無口なうどん職人の祖父、それを支える話し上手聞き上手の祖母、ちょっと気が利かない父、まじめな母に囲まれて〈よっちゃん〉は育った。店の手伝いをするにつけて学校では学べない人生訓を身に着け、少しずつ大人になっていったようだ。ほんわかとして、そしてちょっと泣けた…。

3年前に読んだ養老孟司の『死の壁』を思い出した。「一人称の死」(自分自身の死)、「二人称の死」(身近な人の死)、「三人称の死」(見知らぬ人の死)があると養老氏は言う。この「峠うどん」を訪れる人々は「二人称」と「三人称」の中間に位置する死に遭遇した人々ではないだろうか。温かいうどんを食べて何かを吹っ切って店を後にするような感じ…かな。

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