上野日記

自分が主人公の小さな物語

村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ

村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ。2013年4月に文藝主従より刊行された書き下ろしの長編小説だ。4月に図書館に予約してようやく読むことができた。

主人公〈つくる〉は36歳。高校時代の友達男女4人から大学2年の時に理由も告げられず絶交された。死のうとした時期もあったが、16年が過ぎていた。そして〈つくる〉は付き合い始めた彼女に促されて、その仲間たちを訪ねることにした。
主人公〈つくる〉の置き忘れた過去は単純に「色彩を持たない」からではなかったようだ。色彩を持った仲間4人の〈つくる〉への思いと考えは、自分が自分をどのように見つめるかはまた違っていた。

人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容ではない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。

それは単なる調和なのだろうか。うーん、よくわからん。

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