上野日記

自分が主人公の小さな物語

村上龍の『55歳からのハローライフ』を読んだ

村上龍の『55歳からのハローライフ』を読んだ。2012年12月に幻冬舎より刊行された連作中編小説だ。氏の小説は20数年ほど前に初期の作品(『限りなく透明に近いブルー』『海の向こうで戦争が始まる』『コインロッカー・ベイビーズ』)を読んだことがあるが、あまり好きになれなかったので、その後は氏の小説は読んでいなかった。新聞の広告で見つけたかどうか忘れたが、題名になんとなく共感するところがあったので読んでみたいと思っていた。ようやく図書館で借りることができた。

主人公は50代後半(最後の作品は63歳だが)で、「結婚相談所」「空を飛ぶ夢をもう一度」「キャンピングカー」「ペットロス」「トラベルヘルパー」が収録されている。

結婚相談所:夫が定年後再就職に失敗し家に引きこもるようになり、それが嫌になり離婚した女性。パート収入では経済的に苦しいので婚活のために結婚相談所を訪れる。なかなか理想の男性には巡り合えず、失望する。

空を飛ぶ夢をもう一度:リストラで職を失う。妻もスーパーのパートがダメになる、息子の学費が必要だ。交通誘導員のバイトでなんとか家計を支えようとする。そんな折中学時代の親友と再会する。見るからにホームレスだ。ある日親友が宿泊する安宿の主人から電話が掛る「もう死にかけているので、何とかしてほしい」と。駆けつけた彼に「二つのお願いがある」と息も絶え絶えに言う親友を彼の母親の元へ運ぶ。

キャンピングカー:早期退職した主人公は退職金でキャンピングカーを購入し、妻とのんびりと旅行に出かける計画を立てていた。しかし妻には「自分の時間を大切にしたい」と断られる。息子や娘に相談するも味方にはなってくれず、再就職を促される。

ペットロス:夫の気持ちがわからない。ペットとの散歩、そしてそこで出会う男性と話すことが、何より気持ちが落ち着く。6年後ペットが死にかけ必死に看病する女性。そんな妻をつっけんどんにあしらうも本心は違っていた。照れくさかっただけだ。結婚して初めて知った夫の優しさだった。

トラベルヘルパー:子供の頃祖母に育てられて、それからおしゃべりになった主人公。話し上手なのだが、中身がない、何度も同じ話をすると、周りは鬱陶しがられ、結婚も数カ月でうまくいかなくなった。若いうちは無茶もしたが、60歳でトラック運転の会社を首になり、たまに舞いこむ配達のバイトで食いつないでいた。そんなとき古本屋で50歳前後の女性と知り合う。どうにか連絡をとりデートを重ねるが、自分の影の部分を伝えることをためらう。女性も本当のことは話していなかった。老い先短いし何もやることがないと思った彼は「死」を考え出す。最後に子どもの頃に育った祖母の土地を訪れる。そこで新たな希望を見つける。


各編の主人公たちには好みの飲み物があった。「結婚相談所」:アールグレイの紅茶、 「空を飛ぶ夢をもう一度」:発泡性ミネラルウォーター、「キャンピングカー」:コーヒー、「ペットロス」:プーアル茶、「トラベルヘルパー」:狭山の新茶。何か村上龍のこだわりを感じた。


人生の折り返し点を通過した人たちが、現状や先々の不安などに直面し、その心情が巧みに描かれている。ひょっとしたら自分もそうなのかもしれないと主人公たちとダブらせて読んでいた。ただ、ちょっとだけ希望の光があるのかな。さぁ一歩前に歩きだそう、と。



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