上野日記

自分が主人公の小さな物語

佐藤多佳子の『しゃべれども しゃべれども』を読んだ

佐藤多佳子の『しゃべれども しゃべれども』を読んだ。1997年に新潮社から刊行され、1998年に第11回山本周五郎賞の候補となった小説だ。ラジオドラマ(1999)・漫画(2007)・映画(2007)化されており、映画では国分太一香里奈が出演している。

この小説は、図書館の佐藤多佳子の『一瞬の風になれ―イチニツイテ―』を読んだ時に近くにあり(当然だが)、面白い題名だと思っていたのだが、なんとなく読む気になれなかった。ところが先日(12/20)深夜に日テレで映画が放送されるというので録画し、あわててこの本を借りてきた。やっぱり、原作を先に読みたい。そして映画を観た。

主人公は26歳の青年、落語家で身分は前座と真打の間の「二ツ目」だ。テニス教室でコーチをしている従弟が吃音症に悩み、喋り方の相談を受ける。師匠が講演を依頼された話し方教室で途中退席した女性は、人との会話がちゃんとできない、一年前に彼氏にふられたのがトラウマにもなっているし、中学の頃から自分を好きになれなかった。大阪から転校してきた小学5年の少年は大阪弁を理由に学校でいじめを受ける、少年はいじめではなく喧嘩だと言い張る、1対7,8人の喧嘩だと。元プロ野球選手、野球放送の解説でうまくしゃべれず悩む、選手時代はひと癖あり記録よりも記憶に残る名選手だった。そんな4人が青年に落語を教えてほしいと尋ねてくる。

テニスコーチは生徒のことを気にし過ぎる、元プロ野球選手はマイクの向こうの視聴者にビクビクする、主人公は高座で客の顔色をうかがう。言いたいことが言えない、言葉が前に飛んで行かない。あとちょっとなのに……。でも、彼等は落語を通して、主人公を通して、主人公は教え子を通して、少しだけ一歩前に進むことができたのかもしれない。

最初読んでいてユーモア小説かなと思い読んでいるとそうでもない。落語主軸になっているので、所々笑いを誘うが、会話で何らかの悩みを持つ人たちが一皮脱皮するかのように成長する、成長しようとする姿を描いていることに気付いた。

映画版は少し端折り過ぎだが、実際の落語シーンは映像と話が伝わってくるので文章で読むよりはよかった。そして最後の展開は原作と違うところがなかなかよかった。

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