上野日記

自分が主人公の小さな物語

さようなら原発集会

昨日(19日)、大江健三郎らの呼び掛けにより東京・明治公園で脱原発を訴える「さよなら原発集会」が開催された。参加者は、主催者側の発表によると約6万人が集まったらしいが、警察の発表では2万7千人とかなり差がある。参加者は集会後、のぼりやプラカードを手に渋谷や新宿の繁華街をデモ行進したそうだ。

大江健三郎は「私らは原発に抵抗する意志を持っているということを政党の幹部に知らせる必要がある。原発の電気エネルギーなしでは偉大な事業は成し遂げられないと申す人々もいます。それはウソであります。原子力によるエネルギーは必ず荒廃と犠牲を伴います」、落合恵子は「放射性廃棄物の処理能力を持たない人間が、原発を持つことは犯罪です」、山本太郎は「みんなで生き延びるためには原発一斉停止しかない。力を合わせて行動を起こそう」と脱原発を訴えた。大江健三郎らは「さようなら原発1000万人アクション」の一環として1000万人の署名を集め、その署名は来年3月に政府などに手渡そうとしている。
3月11日の大地震および津波により東京電力福島第一原子力発電所が外部電源喪失後水素爆発で崩壊した。放出された放射性物質は膨大な量で、広範囲に拡散した。一時は放射性ヨウ素が水道水から検出され大騒動になったし、遠く離れた小田原のお茶からも放射性セシウムが検出された。日本中で販売された放射性セシウムに汚染された牛肉は稲わらが原因だった。陸地ばかりではなく海の拡散も心配だ。日本原子力研究開発機構は、海への放射性物質の総量は1.5京ベクレルを越えると試算結果をまとめたというニュースには驚かされた。

このような実被害以外にも風評被害もあとを絶たない。福島から転校した子どもたちは「放射能が移る」といじめを受け、農産物の出荷停止や価格暴落、福島県民の宿泊拒否、福島ナンバーの車の引き取り価格の低下などたくさんの報道をきいた。記憶に残る主だったものに「京都の五山送り火岩手県陸前高田市の松を使うことを中止」、「福岡市で『ふくしま応援ショップ』が抗議でオープン中止」、「鉢呂吉雄前経産相の『死の町』や『放射能点けたぞ』でのスピード辞任」、「福島で作られた花火の打ち上げ中止」などがある。また、農水省が発表した「ヒマワリの放射能の除染能力には効果なし」のニュースにはちょっとがっかりさせられた。

福島で開催された全国高校総合文化祭の創作劇の台詞「福島に生まれて、福島で育って、福島で働いて、福島で結婚して、福島で子どもを産んで、福島で子どもを育てて、福島で孫を見て、福島でひ孫を見て、福島で最期を過ごす。それが私の夢なのです。あなたが福島を大好きになれば幸せです (YouTubeで探した劇中の言葉)」は野田首相所信表明演説に引用され、そのニュースで知った人が多いのではないだろうか。少女の切実な思いを訴えるような力強い目が印象的だった。

そんなことを考えると、原発事故の罪の重さはいかばかりだろうか……。

今まで原子力発電所は身近に感じてはいなかった。毎日使っている電気がどのようにして作られているかとか、どこから運ばれてきているかとかも気にかけたことがなかった。ガスや水道と同じようにそこあるのは当然と思い空気のように使っていたのかもしれない。原発建設反対や核廃棄施設建設反対のニュースでデモや抗議行動はみたことがあるが、どこか他人事のような感じでみていたのかもしれない。大震災の映像や津波の被害をみて涙しても「自分じゃなくてよかった」と心の片隅で思っている自分がいるのは確かだ。悲しいけどそれが正直なところかもしれない。

原子力発電所を今すぐゼロするのは素人目に見ても難しいような気がする。あとどれくらい節電に耐えられるかにかかるが、日本経済への影響は少なくはないだろう。だが、「ゼロにするにはどうするか」を考え始める時期はとうに過ぎたのかもしれない。

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