上野日記

自分が主人公の小さな物語

重松清の『ビタミンF』を読んだ

重松清の『ビタミンF』を読んだ。2000年に新潮社より刊行され、第124回直木賞を受賞した短編小説集だ。私が読んだのは文庫版(新潮文庫)だ。図書館から借りたのではなく、久しぶりに書店で買ってきた。

全編とも2000年頃に『小説新潮』に掲載されてもので、「ゲンコツ」、「はずれくじ」、「パンドラ」、「セッちゃん」、「なぎさホテルにて」、「かさぶたまぶた」、「母帰る」の7篇が収録されている。2002年にはNHK-BS2で「かさぶたまぶた」以外がドラマ化され放送されたらしい。観てみたい。
各編の登場人物に関連性はないが、主人公は37,8歳の男性で、働き盛りの家庭持ちで子供が一人か二人いる設定になっている。主人公の男性には似たような考えや悩みを持っているような設定になっており、「一時の輝きを失い、人生の“中途半端”な時期に差し掛かった人たちに送るエール」、つまり心のビタミン剤のような小説だ。

ゲンコツ:「オヤジ狩り」という言葉がちょっと怖くなってきた主人公。自分のマンションの前でたむろする中学生、らくがきや自販機への悪戯をする。その中の一人は同じマンションの子供で、父親を殴ったという噂が広がる。妻に今年の防犯係は自分だと言われ注意をしに行くが、その少年が逃げるときに転んで怪我をする。少年の父親を呼び、少年を背負って帰る。少年と父親はなにか話しているようだ……。

はずれくじ:妻が腎臓結石の除去で数日入院することになった。中学の息子と二人きり、何を話せばいいかと悩む。自分の父親は37歳の時に何を考えて生きていたのか、宝くじを一枚ずつ買っていたが100万円当たったらどこにでも行けると言っていたがどこに行こうとしていたのか、既に他界したので訊くことができない。息子は不良グループの誘いを断り切れずにいる。何も言わない父親、何も答えない息子、でも親子だ。

パンドラ:中2の娘が万引きで補導される。一緒にいた彼氏が避妊具を持っていたことで心配をする。でも直接娘には訊けない。母親がなんとはなしに聞くが、それがはっきりしても娘に対して直接叱ることができない。しかるとパンドラの箱を開けてしまうかもしれない。

セッちゃん:自分が中学で女子全員にいじめられているのに、自分を架空の転校生に仕立て、その子がいじめられているかのように両親に話す。来なくていいといった運動会をこっそり見に行った両親は、一人だけ創作ダンスの振り付けが違う娘を見て、初めて娘の嘘を知る。父親は商店街で身代わり雛(流し雛)を見つける。そして……。

なぎさホテルにて: 17年前の20歳の誕生日に彼女と泊まったなぎさホテル。誕生日のサービスとして日付とあて先指定で手紙を預かってくれる。「未来ポスト」。そのとき、彼女が彼あてに手紙を書いた。手紙と優待券が届き37歳の誕生日にそのホテルを訪れた。奥さんはその時の彼女ではない。そして子供もいる。ただ夫婦仲はよくなく、離婚寸前まで来ていた。20歳の時の彼女は7年前にこのホテルに泊まり、このホテルに泊まりに来るであろう彼あてに未来ポストを送っていた。「幸せですか?」「ハッピー・バースデイ」。そして……。

かさぶたまぶた:良い子ぶっていた自分を責め始めた娘は小学卒業自画像を描けなくなった。息子は大学受験を失敗する。子供たちや会社の部下たちには模範になるように気を張っていた父親は、子供たちにはプレッシャーだったのかもしれない。そして息子がキレ、その思いをぶちまけた。父親は自分のちょっと恥ずかしい癖を吐露する。母親も。

母帰る:自分(息子)の結婚を期に両親が熟年離婚し、母親が出て行ったのは10年前で、父親は好きなことをさせたいと簡単に離婚を承諾した。10年後、一人暮らししていた母親を呼び戻そうとする父親と話をするために帰省する。近隣に住む姉も離婚していた。自分の娘たちをまだ一度も母親に会わせていなかったので、そんな母親を許してはいなかったようだ。そして母親に「帰ってくればいい」と電話する。娘たちを会わせたいと。


後記に作者が以下のようなこと書いている。

炭水化物やタンパク質やカルシウムのような小説が片一方にあるのなら、ひとの心にビタミンのようにはたらく小説があってもいい。そんな思いを込めて、七つの短いストーリーを紡いでいった。

私自身結婚していないし、子供もいない。でも親はいる。この小説を読んでいて、ちょっと心が痛かった。元気が出るビタミンではなかったが、ちょっと心改める作用はあったかもしれない。

© 2002-2017 Shuichi Ueno