上野日記

自分が主人公の小さな物語

長嶋有の『猛スピードで母は』を読んだ

長嶋有の『猛スピードで母は』を読んだ。2002年に文藝春秋より刊行され、同年第126回芥川賞を受賞した小説だ。『サイドカーに犬』も収録されて入り、こちらは2001年に第92回文學界新人賞を受賞した小説で、第125回芥川賞候補になり、竹内結子主演で映画化され2007年に公開されたらしい。

図書館でウロウロと本を物色していたら同じ本(たしか『泣かない女はいない』だったと思う)が2冊あったので、人気の作家かと思い手に取ってみた。作者紹介のページを読むと芥川賞を受賞していることを知り、その隣にあったこの本を借りてきた。

サイドカーに犬:主人公の女性が小学4年の頃の出来事を思い返す。父親のこと、弟のこと、家出した母のこと、そしていつの間にか御飯を作りに来るようになった女性<洋子>のこと。<洋子>は母親と正反対で、コーラを飲んでもいいと言ったり、山口百恵の家を見に行こうと言ったり、少女は次第に心打ち解けていく。あこがれの女性だったかもしれない。そんな<洋子>との心の交流が描かれていく。少女から大人になった主人公は「本物の女性」をめざすような決意をしたのだと思う。

猛スピードで母は:小学5年の少年と母親の生活を描いた話。隣市に住む祖父母のこと、結婚するかもしれないと紹介された男性のこと、同じ団地に住む友達のこと、学校でのいじめ。少年は思ったことを言葉にするのを恥ずかしく思いちょっと内向的な面があり、大人の行動を冷ややかに眺めている感じがある。ただ、母親の一生懸命な態度を間近に見てちょっとだけ成長し強くなったようだ。



小4のときって何していたっけなぁと考えてみた。そんな昔のこと小説ネタにできるほど覚えていないよなぁ、――あぁ船津先生だというのを思い出すと色々と頭の中を駆け巡った。先生の三段跳びや初めてのビンタ等々。そして数年前の「文政小学校3年3組同窓会」が蘇ってきた。当時先生は新卒で初めて受け持ったのが我々だった。その先生が定年退職されたということで開いた同窓会だった。当時倍以上も離れていた年が今ではったった十数歳の差でしかなくなってしまったが、先生の前ではみんな子どもみたいな顔をしていた。


祖父母の街を行き来するとき猛スピードでシビックを運転する母親を横目に見る少年がいる。そして、あこがれのワーゲンを10台も追い抜く母親をみて「すごい」と少年は言う。ちょっと羨ましい……。
自分の母親の運転では忌まわしく忘れられない過去がある。私が子どもの頃、小学生だったか中学生だったか忘れたが母親が自動車の運転免許を取り、免許取り立てで近所を運転すると私ら兄妹3人を乗せて走ることにした。最初は順調だったと思うが、細い農道に入ろうとした時、その向こうは川、ブレーキングが遅れたかハンドル操作を誤ったかで角を曲がれず川に片輪を落としてしまった。前輪両方だったかもしれない。何を思ったか母は「これがあかんとたい!」といってシフトレバーにかぶせてあった毛糸のカバーをはぎ取り八つ当たりしていた。そして「祖母ちゃんにはいうたらあかんばい!」と隠ぺい工作に走った。近所の人が助けて車はどうにか脱出し事なきを得たが、兄妹3人は顔面蒼白だった。


【2014/5/7追記】2014/5/4にBS日テレで放送された映画「サイドカーに犬」を観た。原作をほとんど忘れていたので、どこまで忠実に映像化されているかはわからないが、なかなか面白かった(純文学なのでストーリーとしてではなく)。「嫌いなものを好きになるより好きなものを嫌いになるほうがずっと難しいね」という竹内結子の台詞。彼女が役にマッチしていて、そして子役の女の子もなかなか良かった。

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