上野日記

自分が主人公の小さな物語

サリジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んだ

村上春樹訳、J.D.サリンジャー(Jerome David Salinger)の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(The Catcher in the Rye)を読んだ。1951年に発表された小説だ。野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』というタイトルが有名かもしれないが、村上春樹訳は現代風の文章となっている。そのほか、橋本福夫訳では『危険な年齢』、繁尾久対訳では『ライ麦畑の捕手』が発行されているらしい。
村上春樹の翻訳本だということで、近所の書店で本書を探していたのだが見つからず、ネットで購入しようかとも考えていたところ、横浜市立戸塚図書館で見つけることができた。


主人公<僕>の少年が学校(ボーディングスクール:欧米の寄宿制中等教育学校)を退学になり、うちに帰るまでニューヨークをさまよう様子を<僕>のくだけた語り口調で記述されている。16歳の生意気で反抗的な少年、やたらと批判的だったり、時々意味不明や妄想を考えたりと、それが延々と続く不思議な小説だ。こんな子どもが近くにいたら(学校にいたら)先生も面倒でうんざりするだろうし、もし自分がこんな高校生だったら周りに嫌われていただろうなと思ってしまった。酒やタバコも平気でやる(時代背景か)し、セックスに興味があるようでそれでいて消極的、日本人には理解が難しいがキリスト教の宗教批判など一種の社会批判を含んでいるようだ。映画で観たジェームズ・ディーンが子どもの頃はきっとこんな感じだったろうなと感じさせる小説だ。

ライ麦畑のようなところの崖っぷちで、よく前を見ないで走ってくる子どもがいたらさっとキャッチする、ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ」と主人公の少年は語っている。思春期の不安定さと将来を半分投げだしたような考えを持った少年、なんの夢も希望もないように思える少年だが、漠然とした目標なものを語っている。ひょっとしたらこの少年は、前を見ずにひたすら一生懸命走っている自分を誰かに優しくキャッチして欲しかったのかもしれない……。

2009年に続編がスウェーデンの出版社から発行される予定だったが、サリンジャー氏が作者と出版社を著作権侵害で提訴し、ニューヨーク連邦地方裁判所アメリカ合衆国内での出版差し止めを命じた……と。この少年はどうなったのか、たしかに続編は気になる。そのサリンジャー氏は2010年1月27日に91歳で亡くなった。もうすぐ一周忌だ。


「〜でつかまえて」とくると、やはり松田聖子の「いちご畑でつかまえて」という曲を思い出す。1981年にリリースされた4枚目のアルバム「風立ちぬ」に収録されている曲だ。学生の頃に聴いた曲だ。ボストンに赴任した頃も通勤の車の中でも聴いていた。YouTubeで探したら色々と見つかった。以下がその一つだ。途中の“クシュン”と終わったかなと思ったらまだ続きが……、という演出がとてもいい。

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